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宮城県丸森町 
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町長室より 「郷里に響け」
 

「誇りを胸に

平成30年8

 先日、丸森中学校で平昌オリンピックのカーリング競技の銅メダリスト本橋麻里選手の講演があった。


 本橋選手が本格的にカーリングを始めたのは小学校6年生の時。地元カーリングチームのコーチに声を掛けられたのがきっかけだそうだ。15歳の時、全日本ジュニア選手権で優勝。そのままの勢いで世界ジュニア選手権に挑戦したが、結果は最下位。さらに、翌年には所属チームが消滅するという大きな挫折を味わった。そんな中でも本橋選手は、一人練習を続けたという。


 カーリングを続けるため、17歳で青森の実業団チームへ入部。19歳でトリノオリンピックに出場した。結果は10チーム中7位。続くバンクーバーオリンピックに出場するも8位という結果に終わった。この時、本橋選手はカーリングとは自分にとって何なのか思い悩んだという。


 しかし、本橋選手は両大会で金メダルに輝いたスウェーデンチームを見て気づいたそうだ。スウェーデンチームは平均年齢32歳。子どもを持つ方も主力メンバーとして活躍し、良い結果を残した際には喜びを分かち合う。それはカーリングだけではない、様々な人生経験がカーリングを支える力となっている姿だった。この時、本橋選手はカーリングに左右されない人生設計をしよう、つらい時間を乗り越えられる地元のチームを作ろう、と決心したそうだ。


 2010年、本橋選手は地元常呂町でカーリングチーム「ロコ・ソラーレ」を立ち上げた。「北見から世界へ」の合言葉のもと、選手が練習に集中できる環境作りに注力した。選手の北見市内への就職をサポートし、職場からの支援を受けられるようにもしたそうだ。そして、チーム結成から8年。本橋選手そしてチームメイトの努力はオリンピック銅メダルという結果に結びついた。


 講演の最後、本橋選手はこう語った。「夢を叶えるには、自分自身に誇りを持ち、あきらめないことだ」。努力をし、思い悩み、そして世界の舞台で活躍する本橋選手の言葉には確かな重みを感じた。日本人としての誇りを持ち、地元を大事にすること、自分の町を好きになることの大切さを教えて頂いた講演でもあった。


 バックナンバーは以下のリンクからご覧ください。
 
 
平成30年 7月号 「30年の節目に」平成30年  4月号 「春が来て」
平成30年 6月号 「地域の底力」平成30年  3月号 「次世代の若者達へ」
平成30年 5月号 「変わるもの、変わらないもの」平成30年  2月号 「『夢』を持って」
 

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