町長コラム「郷里に響け」
令和7年10月 「敬老の日を迎えて」

地区の敬老会に招待される日などほど遠いと思っていたが、もうその齢となった。この機会に改めて「敬老の日」について考えてみた。
私の年代は戦後に生まれ、当時は車もテレビもまだ身近にない時代。先輩たちの戦後の復旧復興の努力の甲斐もあり、昭和39年に日本で初めてオリンピックが開催されると、これを契機に右肩上がりの経済成長を加速させた。テレビはこの頃からカラーになり、まさに色鮮やかな青春時代を過ごすことができた。
さて、繁忙期を過ぎた稲刈り風景を目にするが農業技術も急速に進化している。私が成人を迎えた半世紀前には、田植え機もバインダーも普及しておらず、手植え・手刈りの時代だった。それが農地の区画整理、大区画化によって機械も大型化し、今やエアコン完備の乗用機械もある。これも先輩たちが戦後の日本を良くしようと、たゆまぬ努力を積み重ねてきた結果である。
敬老の日は、そんな社会に尽くしてきた人を敬愛し、長寿を祝う日とされている。今は可能性を求め、また勉強してきたことを活かすために都会に出ていく若者も多い。逆に農や自然に魅力を感じ、都会を離れる人や回帰する人もいる。
ただ、どこにいても自分を育んだ場所や先人を敬愛する心は変わらずに持っていてほしい。
そう思う敬老の日だった。
